
2027年問題も解決! クラウド化やAI対応、外部連携が進む次世代ERP

2024年4月、江崎グリコは基幹システムであるERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)を新システムに切り替えたのですが、その直後にシステム障害が発生しました。その影響は甚大で、チルド食品の受発注や出荷業務に影響が出て販売を停止することになりました。出荷停止による影響で売上高の予想を150億円も下方修正するなど、被害は甚大でした。
業務で使っているツールが1つ使えなくなっただけでここまでの影響が出るのに驚いた人も多いのではないでしょうか。ERPは業務を便利にする管理ツールというだけでなく、企業のサプライチェーン全体に多大な影響を与える基幹システムなのです。今回は、ERPの重要性や歴史、導入、そして今後について解説します。
1990年代、製造業以外の業界でも管理業務を統合するというニーズが高まり、ERPが普及し在庫管理や販売だけでなく、人事、財務、購買など、業務プロセス全体を管理できるようになりました。企業の経営資源である「ヒト・モノ・カネ・情報」を統合的に管理し、経営の効率化を図れるようになったのです。
ERPは複数のモジュールで構成されています。以下が代表的なモジュールとその役割となります。
シェアトップのSAP製品は世界中の大企業が導入しています。世界最大級の小売企業であるウォルマートや世界屈指のエネルギー会社であるエクソンモービル、米自動車メーカーのゼネラルモーターズなどそうそうたる顔ぶれです。IT企業も導入しており、Googleの親会社であるアルファベットやアップルなどもSAPユーザーです。
国内のERP市場では大塚商会や富士通、SAPジャパンなどが高いシェアを得ています。それぞれが手掛ける主力ERP製品は、大塚商会が「SMILEシリーズ」、富士通は「GLOVIA」、SAPジャパンはもちろんSAP社製品です。
日本における市場規模は2022年度が2494.2億円で前年比12.2%増、2023年度が2837.6億円で同13.8%増となっています。今後もさらに伸びていき、年間成長率は約14%と予測されており、2027年度には4810億円もの市場になると予測されているほどです。
日本のERP市場が急成長しているのは、企業が電子帳簿保存法やインボイス制度などに対応するためです。もちろん、コロナ禍の影響でリモートワークやハイブリッドワークが普及しているのも一因でしょう。また、企業のDXに対する取り組みが進んでいるということもあります。
市場の伸びのもう一つの要因が「2027年問題」です。SAP社が提供する「SAP ERP 6.0」の標準保守サポートが2027年末で終了するのです。当初は2025年に終了予定でしたが、2年延長され、2027年問題とよばれるようになりました。サポートが終了すると、セキュリティパッチや修正プログラムの提供がなくなるので、セキュリティリスクが高まってしまうのです。
無理やり使い続けることもできますが、経済産業省が出した「DXレポート」でも既存の基幹システムを使い続けることは、経営・事業戦略の足かせとなり、高コスト構造の原因になると述べています。そのため、ERP製品を利用している企業の多くが、最新のERPシステム「SAP S/4HANA」へ移行することになりました。
「SAP S/4HANA」もその両方に対応しています。
オンプレミスERPはすべてのデータを自社のサーバーに保存するので、データの管理が簡単です。セキュリティをコントロールしやすいので、厳しい規制のある業界に適しています。初期投資は高いものの、長期的にみるとコストを抑えることもできます。
ただし、システムのアップデートやセキュリティパッチの適用などメンテナンスの負担が大きく、専門のIT人材を確保する必要があります。また、企業が成長してシステムを拡張する際、コストや時間がかかるのもネックです。
その一方、クラウドERPはネット経由で利用できるのでインフラ投資が不要です。短期間で導入できるので、初期導入コストが抑えられます。企業の成長に合わせ、必要な時に必要な分のリソースを追加できるので効率的です。メンテナンスはクラウドERPのベンダーが行うので、手間をかけずに最新機能を利用できます。ネット経由なので、複数拠点やリモートワークでの活用も簡単です。
ただし、クラウドサービスなので細かいカスタマイズが難しいという問題があります。データやセキュリティのコントロールが難しく、機密性の高い情報を扱う場合はリスク管理も必要になります。コスト面では初期コストは抑えられるものの、サブスク費用が積みあがるとオンプレミス型よりも高くなってしまう可能性があります。
両者のいいとこどりをしたハイブリッドERPもあります。コアとなるシステムをオンプレミスで運用し、汎用的な業務はクラウドで運用することで、リソースを効率的に分配できます。ただし、二重の環境を管理するので手間がかかりますし、リスクも増加するというデメリットがあります。
ERPは基幹システムなので、導入や移行の難易度が高い大規模プロジェクトです。まずは、現状の分析やニーズの特定を行い、その上で、ERPソリューションを選定し、計画を策定します。
しかし、このような大規模な基幹システムの切り替えを経験している人材は少ないため、外部ベンダーにコンサルティングを依頼するケースが多いでしょう。その際、しっかりとコミュニケーションしないと、トラブルを起こす可能性が高まります。
ERPはツールの特性として、標準の機能をそのまま使うのが最も効果的です。本来は自社の業務に合わせるためにアドオンなどでカスタマイズするというのはイレギュラーな方法なのです。
しかし、月末締め請求や受注生産といった日本ならではの商習慣なども多く、グローバルなERPをそのまま使うのも難しいところです。
顧客とベンダーの間でどの程度カスタマイズを行うのかしっかりとすり合わせず、お金を払っているのだからと丸投げしてしまうと、ベンダー側が顧客のニーズを理解しきれず、最終的にプロジェクトが破綻する可能性もあります。
ERPの導入や乗り換えの際は自社に適したERPを選定することと、カスタマイズは可能な限り減らすことが重要です。
今後は、クラウドERPが普及していくでしょう。そして、カスタマイズが難しくシステムが巨大化しがちというデメリットを解消するため、ポストモダンERPという考え方も登場しました。コア業務のみをERPにまとめ、自社に必要な機能はそれぞれに最適なツールを導入し、連携させるというものです。クラウドERPであれば外部連携も簡単なので、導入コストやメンテナンスコストを抑えることができます。自社にマッチしたツールを選べるので、カスタマイズの量も削減できるでしょう。
また、今後はAIの導入も進みます。大量のデータを扱うERPはAIと相性がよく、売り上げや需要などをより正確に予測することが可能です。在庫管理や生産計画の精度を向上でき、コスト削減に役立ちます。AIに学習させることで、経費精算や請求書の処理を自動化できます。AIは異常検知も得意なので、内部の不正行為や財務の異常などを発見できるようになります。IoTとも統合され、各種センサーからのデータをAIが分析することで、発注作業の自動化なども期待できるでしょう。
ローコード・ノーコードプラットフォーム化することで、課題だったカスタマイズにも柔軟に対応できます。ユーザーごとにパーソナライズすることさえ可能です。ブロックチェーン技術を使えば、サプライチェーンにおけるトレーサビリティを強化し、信頼性を高められます。
ビジネス環境は凄い勢いで変化しています。DXも進んでおり、企業においてはこれまで以上にスピード感のある経営が求められています。AIを統合した次世代のERPシステムは企業の競争力を強化するために不可欠なツールとなります。今後、ERPの重要度はますます高くなっていくことは間違いありません。
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製造業から生まれた統合業務管理システムが他業界でも使われるように
ERPの歴史は古く、原型となるものは1960年代に製造業向けの生産計画や在庫管理システム(MRP:Material Resource Planning)として開発されました。在庫の過不足を防ぎ、製造プロセスを最適化するためです。その後、1973年にドイツで世界最初のERP「SAP R/1」がリリースされました。「SAP R/1」はMRPを発展させて会計や在庫、資産などを管理する企業の基幹業務全体をシステム化したものでした。1980年になると、これらのシステムはさらに進化し、製造業全体のリソースを管理できるようになりました。1990年代、製造業以外の業界でも管理業務を統合するというニーズが高まり、ERPが普及し在庫管理や販売だけでなく、人事、財務、購買など、業務プロセス全体を管理できるようになりました。企業の経営資源である「ヒト・モノ・カネ・情報」を統合的に管理し、経営の効率化を図れるようになったのです。
ERPは複数のモジュールで構成されています。以下が代表的なモジュールとその役割となります。
財務会計モジュール
ERPの中核をなす機能で、企業の財務状況を正確に管理するためのツールです。貸借対照表や損益計算書、キャッシュフロー計算書などの財務諸表、経営状況のグラフ化や経営レポートの作成などを行います。販売管理モジュール
顧客管理や受発注処理を効率化するためのシステムです。受注・発注管理から、仕入れ管理、売上管理、顧客情報管理などを行い、請求書の発行機能も備えています。購買モジュール
サプライヤーとの取引や調達プロセスを最適化します。価格の管理も行います。在庫モジュール
在庫管理をリアルタイムで行い、過剰在庫や欠品を防止します。入荷管理や在庫評価、棚卸管理を行います。生産管理モジュール
生産プロセスの計画と制御を効率化します。生産計画や材料の所要量計画を立案し作業指示書を作成、生産の進捗や品質の管理などを行います。人事管理モジュール
企業の人事業務を効率化し、従業員の管理をサポートするための重要なツールです。従業員の情報や給与、勤怠、評価などを管理し人材育成も行います。電子帳簿保存法やインボイス制度の導入により拡大するERP市場
ERP市場は大きく成長し続けています。グローバルで見ると、2023年の1242億ドルから2028年までに1482億ドルに達し、年間成長率は3.6%になると予想されています。ベンダーの上位10社だけで、市場シェアの3割を占めており、SAPが6.2%でトップ、その後をOracle、Intuit、Microsoftが続きます。シェアトップのSAP製品は世界中の大企業が導入しています。世界最大級の小売企業であるウォルマートや世界屈指のエネルギー会社であるエクソンモービル、米自動車メーカーのゼネラルモーターズなどそうそうたる顔ぶれです。IT企業も導入しており、Googleの親会社であるアルファベットやアップルなどもSAPユーザーです。
国内のERP市場では大塚商会や富士通、SAPジャパンなどが高いシェアを得ています。それぞれが手掛ける主力ERP製品は、大塚商会が「SMILEシリーズ」、富士通は「GLOVIA」、SAPジャパンはもちろんSAP社製品です。
日本における市場規模は2022年度が2494.2億円で前年比12.2%増、2023年度が2837.6億円で同13.8%増となっています。今後もさらに伸びていき、年間成長率は約14%と予測されており、2027年度には4810億円もの市場になると予測されているほどです。
日本のERP市場が急成長しているのは、企業が電子帳簿保存法やインボイス制度などに対応するためです。もちろん、コロナ禍の影響でリモートワークやハイブリッドワークが普及しているのも一因でしょう。また、企業のDXに対する取り組みが進んでいるということもあります。
市場の伸びのもう一つの要因が「2027年問題」です。SAP社が提供する「SAP ERP 6.0」の標準保守サポートが2027年末で終了するのです。当初は2025年に終了予定でしたが、2年延長され、2027年問題とよばれるようになりました。サポートが終了すると、セキュリティパッチや修正プログラムの提供がなくなるので、セキュリティリスクが高まってしまうのです。
無理やり使い続けることもできますが、経済産業省が出した「DXレポート」でも既存の基幹システムを使い続けることは、経営・事業戦略の足かせとなり、高コスト構造の原因になると述べています。そのため、ERP製品を利用している企業の多くが、最新のERPシステム「SAP S/4HANA」へ移行することになりました。
オンプレミスERPとクラウドERPのメリット・デメリット
ERPシステムにはオンプレミス型とクラウド型の2種類があります。「SAP S/4HANA」もその両方に対応しています。
オンプレミスERPはすべてのデータを自社のサーバーに保存するので、データの管理が簡単です。セキュリティをコントロールしやすいので、厳しい規制のある業界に適しています。初期投資は高いものの、長期的にみるとコストを抑えることもできます。
ただし、システムのアップデートやセキュリティパッチの適用などメンテナンスの負担が大きく、専門のIT人材を確保する必要があります。また、企業が成長してシステムを拡張する際、コストや時間がかかるのもネックです。
その一方、クラウドERPはネット経由で利用できるのでインフラ投資が不要です。短期間で導入できるので、初期導入コストが抑えられます。企業の成長に合わせ、必要な時に必要な分のリソースを追加できるので効率的です。メンテナンスはクラウドERPのベンダーが行うので、手間をかけずに最新機能を利用できます。ネット経由なので、複数拠点やリモートワークでの活用も簡単です。
ただし、クラウドサービスなので細かいカスタマイズが難しいという問題があります。データやセキュリティのコントロールが難しく、機密性の高い情報を扱う場合はリスク管理も必要になります。コスト面では初期コストは抑えられるものの、サブスク費用が積みあがるとオンプレミス型よりも高くなってしまう可能性があります。
両者のいいとこどりをしたハイブリッドERPもあります。コアとなるシステムをオンプレミスで運用し、汎用的な業務はクラウドで運用することで、リソースを効率的に分配できます。ただし、二重の環境を管理するので手間がかかりますし、リスクも増加するというデメリットがあります。
ERPは基幹システムなので、導入や移行の難易度が高い大規模プロジェクトです。まずは、現状の分析やニーズの特定を行い、その上で、ERPソリューションを選定し、計画を策定します。
しかし、このような大規模な基幹システムの切り替えを経験している人材は少ないため、外部ベンダーにコンサルティングを依頼するケースが多いでしょう。その際、しっかりとコミュニケーションしないと、トラブルを起こす可能性が高まります。
ERPはツールの特性として、標準の機能をそのまま使うのが最も効果的です。本来は自社の業務に合わせるためにアドオンなどでカスタマイズするというのはイレギュラーな方法なのです。
しかし、月末締め請求や受注生産といった日本ならではの商習慣なども多く、グローバルなERPをそのまま使うのも難しいところです。
顧客とベンダーの間でどの程度カスタマイズを行うのかしっかりとすり合わせず、お金を払っているのだからと丸投げしてしまうと、ベンダー側が顧客のニーズを理解しきれず、最終的にプロジェクトが破綻する可能性もあります。
ERPの導入や乗り換えの際は自社に適したERPを選定することと、カスタマイズは可能な限り減らすことが重要です。
外部連携やAI、ノーコードプラットフォームを統合する次世代ERP
ERP市場が拡大していることは前述のとおりですが、実はオンプレミスERPのシェアは減少傾向にあります。今後は、クラウドERPが普及していくでしょう。そして、カスタマイズが難しくシステムが巨大化しがちというデメリットを解消するため、ポストモダンERPという考え方も登場しました。コア業務のみをERPにまとめ、自社に必要な機能はそれぞれに最適なツールを導入し、連携させるというものです。クラウドERPであれば外部連携も簡単なので、導入コストやメンテナンスコストを抑えることができます。自社にマッチしたツールを選べるので、カスタマイズの量も削減できるでしょう。
また、今後はAIの導入も進みます。大量のデータを扱うERPはAIと相性がよく、売り上げや需要などをより正確に予測することが可能です。在庫管理や生産計画の精度を向上でき、コスト削減に役立ちます。AIに学習させることで、経費精算や請求書の処理を自動化できます。AIは異常検知も得意なので、内部の不正行為や財務の異常などを発見できるようになります。IoTとも統合され、各種センサーからのデータをAIが分析することで、発注作業の自動化なども期待できるでしょう。
ローコード・ノーコードプラットフォーム化することで、課題だったカスタマイズにも柔軟に対応できます。ユーザーごとにパーソナライズすることさえ可能です。ブロックチェーン技術を使えば、サプライチェーンにおけるトレーサビリティを強化し、信頼性を高められます。
ビジネス環境は凄い勢いで変化しています。DXも進んでおり、企業においてはこれまで以上にスピード感のある経営が求められています。AIを統合した次世代のERPシステムは企業の競争力を強化するために不可欠なツールとなります。今後、ERPの重要度はますます高くなっていくことは間違いありません。
著者:ITライター柳谷智宣
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