顧客と企業と従業員が三方よしになるトータルエクスペリエンス(TX)がこれから重要視される理由
UX×CX×MX×EX=TX、4つの要素を融合させて体験の価値を高める
コロナ禍で社会の在り方が大きく変化し、コミュニケーションの形も変容しつつあります。ビジネスの分野でも従来のコミュニケーション方法では顧客や従業員との関係を構築するのが難しくなってきています。そこで注目されているのが、トータルエクスペリエンス(以下、TX)という考え方です。TXとは企業があらゆるステークホルダーに対してよりよい体験を生み出す戦略のことです。
具体的には、
- ユーザーエクスペリエンス(UX)
- カスタマーエクスペリエンス(CX)
- マルチエクスペリエンス(MX)
- エンプロイーエクスペリエンス(EX)
TXを高めることで、顧客満足度やロイヤリティが向上し、長期的なビジネスの成長を実現できます。
今回の記事では事例を参考に、TXの重要性とその実現方法をご紹介いたします。
TXを構成する4つの要素
前述のとおりTXは4つの要素から成り立っています。それぞれの施策を個別に実施するのではなく、各要素の特徴や相関関係を理解し、包括的に取り組むことが重要です。それぞれの要素を見ていきましょう。
ユーザーエクスペリエンス(UX)とは
UXはユーザーが製品やサービスを利用する際に体験する、感情や認識、反応、行動すべてを指します。UXを高めるためには、製品やサービスの使いやすさを向上させユーザーのニーズを満たすことが必要です。カスタマーエクスペリエンス(CX)
CXは顧客体験という意味で、購入前に触れるマーケティングから購入、そして購入後のサポートまで、カスタマージャーニーの流れ全体を指します。CXを高めるためにはブランディングを行い、顧客のニーズに応じてサービスをカスタマイズするなど、あらゆる面で顧客満足度を上げることが重要です。CXはUXを積み上げたものだと考えてもよいでしょう。
例えば、高性能のスマートフォンであってもパッケージデザインのクオリティが低ければ、全体の印象は損なわれます。あるいはレストランを例に取ると、料理は美味しくても接客態度がイマイチであれば全体の満足度は低下します。このように製品やサービスだけに目を向けるのではなく、顧客との接点を俯瞰して顧客の総合的なニーズを満たすことで、CXが高まります。
マルチエクスペリエンス(MX)とは
MXは様々なデバイスを通じたタッチポイントから、顧客に一貫した体験を提供するという考え方です。拡張現実(AR)や仮想現実(VR)、複合現実(MR)、アプリ、ウェブサイト、IoTなどを利用し、リアルでは難しい体験をしてもらいます。例えば、メガネや服の試着をARで行ったり、お部屋を探す際にスマートフォン越しに360度カメラを通して行うバーチャル内見などがイメージしやすいでしょう。また、次世代の大きなトレンドとして注目されるメタバース空間でのショッピング体験もMXの一例と言えます。このように様々な技術を活用して実店舗のようなユーザー体験のみならず、現実では味わえないようなユーザー体験を得られます。
UXやCX、MXはすべて顧客に対する要素です。顧客のニーズを満たすことができれば、当然、売り上げの向上が期待できます。しかし、顧客のニーズに応えることだけにフォーカスしてしまうと、従業員が疲弊してしまいます。そこで重要視されるのが、EXです。
エンプロイーエクスペリエンス(EX)とは
EXは従業員体験という意味で、会社内の人間関係やオフィスの環境、給与、昇進、福利厚生などを指します。EXが高まればモチベーションやロイヤリティも高まり社員の定着率向上も期待できます。逆にEXが低ければ離職率が上がるでしょう。これらを同時に行うことで、TXを向上できます。ただし、注意しなければならないのはそのバランス。CXに注力しすぎるとEXが低下してしまうこともあるので、全体を見てバランスを取る必要があるでしょう。
TXが重視される理由とTXを向上させるための施策
適切なTXを提供できれば商品やサービスの質が向上し、企業の成長が期待できます。いっぽうで従業員との関係や職場環境が良好であれば、社内の連携体制が強化され、ナレッジの共有が進み、新たな価値創造やイノベーションが起きる可能性が高まります。離職率が低下し、モチベーションも高まるため、生産性も向上します。現在、単一の商品やサービスだけで、勝ち抜くことは困難になっています。新しいものがコモディティ化する時間も年々短くなってきており、他の企業と差別化するには付加価値を生み出す必要があります。
その付加価値のひとつがTXです。コロナ禍で厳しさを増したビジネス市場を生き抜くためにもTXは重要なのです。ではTXを向上させるにはどのような取り組みを行っていくべきなのでしょうか。
TXを向上させるためには、企業内の風通しを良くする必要があります。日本企業によく見られる組織のサイロ化を解消し、UX/CX/MX/EXへ全社的に取り組めるようにするのです。そして、変化する顧客のニーズに継続して柔軟に対応していきます。
UXを高めるためには、アンケートやペルソナ設定、ヒューリスティックマークアップなどで顧客のニーズを正確に把握します。もちろん、商品やサービスは使いやすく、アクセシビリティに考慮して設計しなければなりません。
CXを高めるためには、CRMツールを活用し、顧客視点での体験を分析します。その上でカスタマージャーニーマップを作り、顧客が期待値を上回る体験ができるようにします。パーソナライズ化されたサービスを提供することも選択肢のひとつになるでしょう。その際、商品以外の物質ではない心理的な価値も重要になります。
MXを高めるためには、様々なデジタル技術を活用します。ARの試着システムを用意したり、VRに店舗を構えたり、チャットボットで24時間購入相談を受けたりするなど、様々な施策が行われています。
これからは、AIとIoTの活用も必須です。どちらも今まさに爆発的な成長を遂げている分野であり、現在進行形で世界を変えつつあります。企業としてもいち早く活用しメリットを享受したいところです。
また、コロナ禍でデジタルでの接点が増えていますが、店舗を持つ企業であれば、リアルでもオンラインでも選べるようなオムニチャンネルでのアプローチが重要です。
EXを高めるには、まず明確な採用プロセスで自社に適した人材を選ぶところから始めます。新入社員が短時間で職場に慣れて、戦力になってもらえるようにオンボーディングも重要です。もちろん、オフィスの設備や勤務時間、リモートワークなど、職場環境はダイレクトにEXに影響を与えます。
従業員同士や従業員とマネジメント層のコミュニケーションを円滑化し、従業員のエンゲージメントを高めます。従業員の成長を促すための研修や教育プログラムなどを提供し、キャリア形成を支援することも重要です。
施策を見るとわかる通り、TXの向上は一朝一夕で実現できるものではありません。企業風土の見直しも場合によっては必要であり、時間もコストもかかるためハードルが高いのは確かです。しかしだからこそ、TXを実現できた時に企業が大きく成長できるのです。
AppleやZappos、TXを実現している企業の取り組み
TXという概念が生まれる前から、UX/CX/MX/EXを高いレベルで融合し、世界有数の規模になっている企業もあります。その代表例がAppleです。誰でも安心して使えるUX、熱狂的なAppleファンを生み出すほどのCX、Apple製品そのものが高いMXを提供するなど、ユーザーへの価値提供が最高峰であることは疑う余地はありません。そして、AppleはEXが高いことでも有名です。従業員に対して追加の健康保険、長い有給休暇や育児休暇を提供しています。同じ内容の仕事をしている男性と女性の給与は同等で、社員全員が株式付与の対象になっています。スキルを磨いてキャリアアップするためにApple Universityで学ぶことができます。また、従業員はApple製品を安価に購入できるそうです。羨ましいですね。
アメリカで人気の靴の通販会社ZapposはCXが高いことで有名です。返品の際の送料や手数料は無料。足にフィットするサイズがわからないなら、複数サイズを送ってもらい、試着してから不要な靴を返品してもいいのです。購入すれば翌日に配送され、顧客対応は24時間365日受け付けています。
その成果は数字にも現れており1999年の創業にも関わらず2007年には1000億円以上の売上を誇る企業にまで成長しました。
EXの取り組みもユニークです。Zappos社内にヒエラルキーがないのです。ホラクラシーと呼ばれる役職や階級などがないフラットな組織で、意思決定権も分散されます。上司がいないことで仕事の裁量が大きく自由度が高いいっぽう、各社員の責任も増します。
少人数の企業ならともかく、1000人を超える規模のZapposがチャレンジしたのは驚きでした。しかし、ホラクラシー導入時に少々の混乱はあったものの、現在では多くの社員がセルフマネジメントを実現しています。
筆者は2020年、ラスベガスにある本社に行き、社内を案内してもらったことがありますが、従業員が生き生きと自由に働いていたのが印象に残っています。
TXを高めて顧客と企業と従業員がWin-Win-Winになることを目指す
TXはまだ目新しい考え方です。しかし「顧客や従業員の体験をよくしてエンゲージメントを高めていこう」というのはある意味ビジネスの原点回帰とも言えます。TXを向上できない企業は衰退していくでしょう。またTXを高めるには、DXも欠かせないでしょう。DXを活かすためには顧客のニーズを把握し、パーソナライズされた体験を提供するためにはAIの力が必要です。
コロナ禍が一段落した雰囲気もありますが、リモートワークを止めて出社させる企業が増えてきました。グローバルの求人でも、リモートワークOKの企業はごく一部です。しかし、求人に応募する人の半数以上はリモートワークを希望しています。このギャップを埋めることできる企業が、EXを高められ、優れた人材を集められるようになります。
これまでは売上さえ好調であれば企業価値が担保されていた側面があります。しかしあらゆる面でサステナビリティが求められる昨今、企業にとって事業継続性やブランドイメージを高めるうえでも顧客と企業と従業員がWin-Win-WinとなるTXは今後より一層重要視されることになるでしょう。
著者:ITライター柳谷智宣