
ネットワークの物理的限界を突破し、次世代のコンピューティングを支えるAPN(All Photonics Network)とは

2025年を迎えても生成AIの進化は留まる気配はありません。そしてICT業界の技術革新は生成AIだけでなく、DXの進展によるクラウド利用の拡大やIoTの普及、5G/6G通信への移行、量子コンピュータや光コンピュータのような次世代技術など多方面にわたっており、進化の速度はますます加速しています。
これらの華々しい技術革新を陰で支えているのがネットワークです。これらの新技術、とりわけ生成AIモデルの開発には膨大なデータが必要とされ、たとえ量子コンピュータや光コンピュータによって高速処理が可能になったとしても、データが遅滞なくスムースに供給・出力されなければ、その能力を発揮することはできません。クラウド利用やIoT、5G/6G通信を支えるためのネットワークの重要性は、改めて指摘するまでも無いでしょう。技術革新を支え、急速に拡大するデータ需要に応えるためには、ネットワークの革新は不可欠な要素なのです。
ChatGPTの公開から満2年が過ぎようとしていた2024年11月、NTTとオリンパスが共同でひとつの発表を行いました。「世界初、IOWN APNの低遅延性能によりクラウド上で映像処理を行う内視鏡システムで内視鏡医がリアルタイムな診断・治療が実現可能なことを実証」と題したこのニュースリリースは、NTTが推進する「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」構想の重要な要素であるAPN(All Photonics Network)」の技術を活用したクラウド内視鏡システムの実証実験に関するもので、医療分野や技術業界から大きな注目を集めました。この実証実験は、内視鏡の映像処理をクラウド上でリアルタイムに行い、医師が遠隔地からでも診断や治療を可能にする画期的なシステムの可能性を示したものです。それでは、APNとは一体どのようなものなのでしょうか。
APN(All Photonics Network)は、従来の電子信号による通信ネットワークを置き換え、光のみでデータを伝送・処理するネットワーク技術です。光による通信は電子信号よりも伝送速度が速いため、海底ケーブルや家庭向けのネットワークなどで光ファイバーへの置き換えが進んできました。しかしこれまではデータの送受信や処理の過程で電子から光・光から電子への変換処理(O-E-O変換)が必要だったため、全体の通信速度が制限されていました。APNではこれを排除し、エンドツーエンドで光信号のままデータを処理するため、高速で低遅延のネットワークを実現することができます。
また信号変換のための機器が不要なため消費電力を抑えられる他、電子通信に付きもののノイズの影響も受けにくく、信号の劣化も少ないというメリットもあります。
APNはNTTが提唱する次世代通信インフラ構想である「IOWN」の中核技術のひとつです。IOWNの目標は、従来の電子通信インフラの限界を超え、データセンター、エッジデバイス、IoT機器を光通信で直接接続し高速・低遅延・低消費電力なネットワークを実現することで、APNの他にDTC(Digital Twin Computing)とCognitive Foundationというコンポーネントが含まれます。APNはIOWN構想における最も重要な技術基板であり、国内では2023年3月にサービスが開始されました。冒頭でご紹介した内視鏡システムのリリースは、APNの特徴である低遅延性を際立たせる内容となっており、IOWN構想が着実に進んでいることを示しています。
よく知られているように、生成AIの開発やモデルの学習には膨大なデータが必要です。年明けに中国のベンチャーが発表したDeepSeekのように省資源で開発できるAIの研究も進んでいますが、今のディープラーニングを続ける限り、今後も大規模な演算クラスタによる大量データ処理が基本になると考えられています。そのため、GPUに代わるAI処理チップの開発は今後も続くでしょうし、これまでとは違う全く新しいタイプのコンピュータも注目されています。近年急速に開発が進んでいる量子コンピュータは、これまでとは異次元の処理能力を発揮すると考えられており、生成AIだけでなく科学研究分野でのブレイクスルーが期待されています。しかし、処理能力だけを速くしても、計算の元になるデータがスムースに供給されなければ、全体の処理速度は上がりませんし、結果を送るのもネットワークの仕事です。APNにより高速な通信が可能になれば、これらの問題を解決できるのです。
また、医療分野では早くから遠隔医療の必要性が指摘されてきました。近年では医療の高度化や医師不足により、その必要性は高まっています。中でも遠隔手術への期待は高まっていますが、それを実現するためには、AIやロボット技術に加え、高精細な画像をリアルタイムで送ったり、医師の手技をタイムラグ無く高精度に再現したりできる高速・低遅延のネットワークが重要です。冒頭ご紹介したリリースにあるように、APNはこの問題に取り組んでおり、今後の進化が期待されます。
また、IOWNのコンポーネントのひとつであるDTCは、現実世界のあらゆるモノや環境をリアルタイムにデジタル空間に構築し、高精度かつ柔軟にシミュレーションや最適化を行う技術です。工場内の設備の配置を変えると生産性がどのように変化するかなどを簡単に予測したり、道路の渋滞を予測したりできるため、スマート工場やスマートシティでは非常に重要になります。
その他にも、高速性・低遅延性を活かして金融取引をさらに高速化したり、VR技術を高度化させたりすることが期待されています。サッカー場の真ん中に座って試合を観戦する、といったことが可能になるかも知れません。
光コンピュータは、電子ではなく光を用いて演算を行う次世代コンピューティング技術です。光通信技術をベースとしているためAPNとの相性は非常に高く、両者の組み合わせにより従来の計算速度やエネルギー効率を劇的に向上させる可能性があるとされています。量子コンピュータほどの高速性はありませんが、それでも現在のコンピュータの数十倍の速度が期待されています。しかし量子コンピュータは非ノイマン型となるため、どのような問題でも高速に演算できるわけではありません。(現在のコンピュータはノイマン型で、汎用性が高い)そのため、適用できる分野が限られます。一方で、光コンピュータはノイマン型であり、幅広い分野でその能力を活用できます。
光コンピュータが実用化されAPNと接続されれば、エンドツーエンドでの光処理が実現され、電子変換の必要の無い、高速・低遅延・省電力・安定したコンピューティングが実現できるとされています。完全な光化にはまだ時間がかかりそうですが、ムーアの法則が限界を迎える中、ノイマン型コンピュータの処理能力を上げていく方策は少なくなっているため、光コンピュータの開発には大きな期待が寄せられています。
また、光子を使った量子コンピュータの研究も始まっており、2024年11月には理研とNTTが試作機を公開しました。光方式による量子コンピュータは従来型の量子コンピュータよりさらに高速になることが期待されており、超伝導を使わないため室温で動作するなど、多くのメリットがあるということです。
APNの進化と普及は、単なる通信技術の進化にとどまらず、生成AI・量子コンピューティング・遠隔医療・スマート工場など、多くの分野に革命をもたらす可能性を秘めています。今後の技術開発と社会実装が進むことで、より高速でエネルギー効率の高い次世代のデジタル社会を実現できるでしょう。
これらの華々しい技術革新を陰で支えているのがネットワークです。これらの新技術、とりわけ生成AIモデルの開発には膨大なデータが必要とされ、たとえ量子コンピュータや光コンピュータによって高速処理が可能になったとしても、データが遅滞なくスムースに供給・出力されなければ、その能力を発揮することはできません。クラウド利用やIoT、5G/6G通信を支えるためのネットワークの重要性は、改めて指摘するまでも無いでしょう。技術革新を支え、急速に拡大するデータ需要に応えるためには、ネットワークの革新は不可欠な要素なのです。
ChatGPTの公開から満2年が過ぎようとしていた2024年11月、NTTとオリンパスが共同でひとつの発表を行いました。「世界初、IOWN APNの低遅延性能によりクラウド上で映像処理を行う内視鏡システムで内視鏡医がリアルタイムな診断・治療が実現可能なことを実証」と題したこのニュースリリースは、NTTが推進する「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」構想の重要な要素であるAPN(All Photonics Network)」の技術を活用したクラウド内視鏡システムの実証実験に関するもので、医療分野や技術業界から大きな注目を集めました。この実証実験は、内視鏡の映像処理をクラウド上でリアルタイムに行い、医師が遠隔地からでも診断や治療を可能にする画期的なシステムの可能性を示したものです。それでは、APNとは一体どのようなものなのでしょうか。
APN(All Photonics Network)とは

APN(All Photonics Network)は、従来の電子信号による通信ネットワークを置き換え、光のみでデータを伝送・処理するネットワーク技術です。光による通信は電子信号よりも伝送速度が速いため、海底ケーブルや家庭向けのネットワークなどで光ファイバーへの置き換えが進んできました。しかしこれまではデータの送受信や処理の過程で電子から光・光から電子への変換処理(O-E-O変換)が必要だったため、全体の通信速度が制限されていました。APNではこれを排除し、エンドツーエンドで光信号のままデータを処理するため、高速で低遅延のネットワークを実現することができます。
また信号変換のための機器が不要なため消費電力を抑えられる他、電子通信に付きもののノイズの影響も受けにくく、信号の劣化も少ないというメリットもあります。
APNはNTTが提唱する次世代通信インフラ構想である「IOWN」の中核技術のひとつです。IOWNの目標は、従来の電子通信インフラの限界を超え、データセンター、エッジデバイス、IoT機器を光通信で直接接続し高速・低遅延・低消費電力なネットワークを実現することで、APNの他にDTC(Digital Twin Computing)とCognitive Foundationというコンポーネントが含まれます。APNはIOWN構想における最も重要な技術基板であり、国内では2023年3月にサービスが開始されました。冒頭でご紹介した内視鏡システムのリリースは、APNの特徴である低遅延性を際立たせる内容となっており、IOWN構想が着実に進んでいることを示しています。
次世代の技術革新を支えるAPN

よく知られているように、生成AIの開発やモデルの学習には膨大なデータが必要です。年明けに中国のベンチャーが発表したDeepSeekのように省資源で開発できるAIの研究も進んでいますが、今のディープラーニングを続ける限り、今後も大規模な演算クラスタによる大量データ処理が基本になると考えられています。そのため、GPUに代わるAI処理チップの開発は今後も続くでしょうし、これまでとは違う全く新しいタイプのコンピュータも注目されています。近年急速に開発が進んでいる量子コンピュータは、これまでとは異次元の処理能力を発揮すると考えられており、生成AIだけでなく科学研究分野でのブレイクスルーが期待されています。しかし、処理能力だけを速くしても、計算の元になるデータがスムースに供給されなければ、全体の処理速度は上がりませんし、結果を送るのもネットワークの仕事です。APNにより高速な通信が可能になれば、これらの問題を解決できるのです。
また、医療分野では早くから遠隔医療の必要性が指摘されてきました。近年では医療の高度化や医師不足により、その必要性は高まっています。中でも遠隔手術への期待は高まっていますが、それを実現するためには、AIやロボット技術に加え、高精細な画像をリアルタイムで送ったり、医師の手技をタイムラグ無く高精度に再現したりできる高速・低遅延のネットワークが重要です。冒頭ご紹介したリリースにあるように、APNはこの問題に取り組んでおり、今後の進化が期待されます。
また、IOWNのコンポーネントのひとつであるDTCは、現実世界のあらゆるモノや環境をリアルタイムにデジタル空間に構築し、高精度かつ柔軟にシミュレーションや最適化を行う技術です。工場内の設備の配置を変えると生産性がどのように変化するかなどを簡単に予測したり、道路の渋滞を予測したりできるため、スマート工場やスマートシティでは非常に重要になります。
その他にも、高速性・低遅延性を活かして金融取引をさらに高速化したり、VR技術を高度化させたりすることが期待されています。サッカー場の真ん中に座って試合を観戦する、といったことが可能になるかも知れません。
光コンピュータとAPN

光コンピュータは、電子ではなく光を用いて演算を行う次世代コンピューティング技術です。光通信技術をベースとしているためAPNとの相性は非常に高く、両者の組み合わせにより従来の計算速度やエネルギー効率を劇的に向上させる可能性があるとされています。量子コンピュータほどの高速性はありませんが、それでも現在のコンピュータの数十倍の速度が期待されています。しかし量子コンピュータは非ノイマン型となるため、どのような問題でも高速に演算できるわけではありません。(現在のコンピュータはノイマン型で、汎用性が高い)そのため、適用できる分野が限られます。一方で、光コンピュータはノイマン型であり、幅広い分野でその能力を活用できます。
光コンピュータが実用化されAPNと接続されれば、エンドツーエンドでの光処理が実現され、電子変換の必要の無い、高速・低遅延・省電力・安定したコンピューティングが実現できるとされています。完全な光化にはまだ時間がかかりそうですが、ムーアの法則が限界を迎える中、ノイマン型コンピュータの処理能力を上げていく方策は少なくなっているため、光コンピュータの開発には大きな期待が寄せられています。
また、光子を使った量子コンピュータの研究も始まっており、2024年11月には理研とNTTが試作機を公開しました。光方式による量子コンピュータは従来型の量子コンピュータよりさらに高速になることが期待されており、超伝導を使わないため室温で動作するなど、多くのメリットがあるということです。
APNの進化と普及は、単なる通信技術の進化にとどまらず、生成AI・量子コンピューティング・遠隔医療・スマート工場など、多くの分野に革命をもたらす可能性を秘めています。今後の技術開発と社会実装が進むことで、より高速でエネルギー効率の高い次世代のデジタル社会を実現できるでしょう。